俳句400年の歴史に新たな幕が
熱い、熱い、熱すぎる。
しかし、僕も大人なのでこれが一過性にすぎないことは分かっている。
いわゆるマイブームだ。
今となっては当たり前に使われ、広辞苑にも乗るこの言葉もよくよく考えると世の中全体の流行を意味するブームに自分のという意のマイをつけているんだから矛盾している。さすがみうらじゅん。
他にも似たような言葉はあって、Mr.childrenやらミスチルやら色々ある。
あとはこのブログ名の池袋のシティボーイとか
僕にとって言葉の不安定で落ち着きのない感じは魅力的なのだ。
スレタイもツイートも突っ込まれる隙がある方が伸びる
ずっしりしていて隙のない感じはつまらない。人も同じで隙がある方がモテるらしい。
僕もこれから隙を見せていこうと思う。
さあテーマに戻ろう
ここで俳句の歴史について解説するつもりは毛頭ない。というか知らない。
ただこれだけは知ってる
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の形式に則る
話はまた変わって人間何年か生きてればあっ、この気持ち俳句になりそう!というか俳句じゃないと表現できない!それはまるでなが〜〜〜いう○こが腸にいた時と同じ形状で一瞬で出てくる時のように俳句がすらっと生まれる時が1回くらいあるだろう。
いやあるに違いない。ちなみに僕は年中快便です
2018年1月23日 18歳 男性の症例
なんかさ
多浪の友達一人くらい
欲しいよね
賽は投げられた
内容のクズさは置いといて、冷静に分析していこう
まず最初の「なんかさ」
字足らずの4文字はいいとして、この内容の薄さである。
何か心が共鳴した時に詠む俳句において、その前提を言ってしまうのだ。なんたる文字の無駄遣い
先行きが不安である
次に中七(中の句とは言わないんだってさー勉強になるねー)
これは中七なのかという疑問が思い浮かぶ。それもそのはず14文字、二倍。
許容量の二倍というのは、1日27錠服用しなければならない強力わかもとを54錠飲むことと同様である。いくら健康に良くてもさすがに死んでしまう。
しかし「多浪の友達一人くらい」音読してみるとリズムがいい
7文字という枠には収まっていないがどこか心地よい浮遊感がある
そして下五
読者に同意を求める「よね」がつくことによってしっかり五文字になっている。何の問題もない。
まとめると、俳句の枠を飛び出しながらも 全てがフリーなわけではない。隙がある。
この句を世の中に知らしめたところ、一部の目の付け所の鋭い人たちが新たな俳句のフォーマットに未知なる可能性を見出し、思い思いに詠み評価し合う現象が起きたのだ。
世間は広い
こんな俳句に興味を持つ人もいれば、このブログを見る人が1日あたり100人近くいる。暇人を友に持ったことを感謝。
目には目を、ブームには名前を。
最初はクソ俳句と呼ばれていたのだが、知能と語彙力の低さを晒け出しているので NEO俳句と名付けたい。これで英語ができるアピールも完璧である。
では他のNEO俳句を見ていこう
布団に入りながら食うアイスは
うまい
背徳感も良いよね〜
かろうじて守っていた字数の概念も捨てた意欲作
それぞれの浮遊感がまとまりあい、からまりあい新たな境地を切り開いている
最初にできる限り伸ばして、中七で「うまい」と言い切ることによっておいしさを強調している。
下五での風情の残し方も見事
次の作品です
さすがに短期バイトだから
採用されると思ったわ
時給1100円だったのに〜
俳句でもなんでもなくただの散文じゃね?
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型破りは素人がやっても意味がない。型を一通り学んだ人が破るから意味があるという言葉を誰かが言ってたのを思い出す。